【第1回】小田切尚登の「もし、1億円あったらどうしますか?」
「もし、1億円あったらどうしますか?」。そう聞かれたら、あなたはなんと答えますか?
「そうだなぁ~。マンション買って、海外旅行に行って、ファッションも!」「いやいや、計画的に半分は貯金でしょ」。おそらく、さまざまな答えがかえってくるでしょう。
外資系証券会社などでアナリストや資金運用部門、経営に携わり、また明治大学大学院で教鞭を執っている小田切尚登さんが、なぜ、資産運用のノウハウが求められるのか――。「お金の使い道」の視点から紐解きます。
目次
「この株を買えば儲かる!」 世の中にそんなウマい話はない! では、どうすればいい? 【第1話 プロローグ】
明治大学MBA(大学院ビジネス研究科)で金融論を担当して十数年経つ。授業では、個人の資産運用について、かなりの時間を費やしている。資産運用について学ぶことを通じて金融の基本の相当程度を学ぶことができるし、資産運用のノウハウが身についているかどうかで、その後の人生が大きく変わると思うからだ。
資産運用についてのノウハウについては米国が圧倒的に進んでいる。私はここ数年来、米国の運用専門家のさまざまな説を勉強してきた。米国の議論を見て強く感じるのは、資産運用の基本的な理論については、ほぼコンセンサスが形成されていて、多くの(まともな)専門家は同じ目線で議論をしているということだ。
資産運用を科学としてデータをベースに分析し、戦略をロジカルに立てていく。これがあるべき姿だろう。
ただし、金融のプロの端くれである私からすると、米国の「資産運用のプロ」の説に同意できない部分も少なからずあった。そこで、それらを手直しすることで「運用で重要なポイントはこれだ」というアイデアがほぼ固まった。
大学院の授業で学生にそれを披露したところ、好評を得たので、今回はそれをベースにこちらで書かせていただくことにした。
ネットは“おかしな宣伝文句”で溢れてる!?
日本の現状はお寒い限りだ。政府は「貯蓄から運用へ」などという掛け声をかけるだけで、具体的なアイデアは何もない。投資のプロといわれる人々は、いろいろいるようだが、多くは単なる思い付きや“当たるも八卦”的なことを述べているだけで、米国的な実証分析に耐えられるようなものではないようにみえる。
ネットはおかしな宣伝文句で溢れている。「この株を買えば儲かる!」「不動産投資でふつうのOLが億り人になった!!」とかいう類の話だ。
しかし、神ならぬ人間が上がる株を事前にわかるはずがないし、未経験の素人が片手間に多数の不動産を問題なく保有・運営していくなどというのは不可能である。
読者のみなさんには、くれぐれも安直な宣伝には乗らないようにしてほしい。世の中にウマい話などない。運の良い人はいるかもしれないが、一度か二度うまくいくのがせいぜいだ。一発屋にはなれても、ずうっと勝ち続けることは不可能である。
仮にギャンブルで100万円勝ったとしても、長い人生にとってみれば大したことではないし、その裏ではそれ以上に損をしているかもしれない。
「運を天に任せる」などというやり方は避けるべきだ。
たいていの人は運が悪い。私も、多分あなたも。ギャンブルのような手法で財産を増やそう、などというやり方を続けていったらドツボにはまるだけだ。
それよりも、毎月1万円とか2万円とかを、徐々に増やしていけるような態勢を作っていくことのほうが健全だ。そのほうが長い目で見ればトータルの収入を増やすことにつながる。これが資産運用の基本となる考え方だ。
これはギャンブルとはまったく逆で、じっくりと時間をかけて資産を増やしていくという方法だ。
その具体的なやり方についてはこれから書いていくわけだが、大事なことは、一たん決めたら腰を据えて続けていくことだ。運用はそれなりの期間継続しないと結果は出てこない。何事も焦ってはダメだ。
資産運用で“成功”するために必要な「理論」と「行動力」
資産運用は、頭で理屈を理解するだけでなく、実際に粘り強く行動を続けていくことが重要だ。環境が変わっていく中で平常心を保っていくのは容易なことではない。例えば、株価が暴落することもあり得るが、そういう時でも目標に向けて日々淡々と進めていけることが肝要。運用で成功するためには、理論と行動力の両方が兼ね備わることが必要なのだ。
私は外資系金融機関で投資銀行部門を中心に長年働いてきた。そこで経済のさまざまな山や谷を経験してきた。2007年のリーマンショックはもちろん、1990年前後の日本のバブル経済も経験した。その過程で多くの投資家の動向を見てきた。
市場環境が安定していて、上昇気流に乗っているときは誰でもうまくいく。そういう時に「儲かった!」などと自慢する人がいるが、それは一時的に運がよかったというだけの話だ。大事なのは経済状況が悪化して、株価や債券価格や不動産価格が大きく下がる時にどう対応するかである。そういう時こそ、真の実力が露わになる。
もちろん常にうまくいく人などいないので、環境が悪化すれば、ある程度損を被ることはやむを得ない。しかし、その場合でもパニックにならず、損失を自分の処理可能な範囲に抑えることができるかどうかがカギになる。それができれば、その後に相場が改善したタイミングで挽回していくことも可能となる。多少の損をするのは仕方がないとしても、「それですべてを失うような状態にはしない」というのが最低限の条件となる。
日本人が運用下手のワケは「自らの人生を深く考えたことがない」から
これは人生にも通じる話である。長い人生には良い時もあれば悪い時もある。重い病気に罹ったり、肉親を失ったり、他人から裏切られたり騙されたり……と誰しも不幸な出来事を体験していく。苦しいことであるが、我々はそういう困難やストレスを糧にして成長していく。
「ストレスは我々を強くしてくれる。死ぬほどのものでなければ」(ニーチェ)
ということだ。
ある程度のマイナスを被っても、前向きでいられるようなメンタルを保てること。それが人生にも運用にも不可欠だ。
資産運用と人生設計は密接な関連性を有する。どういう仕事につくかの選択は、多くの人にとって最も重要な事柄だ。できるだけリスクを抑えて安定重視の生活をしていきたい、という人ならば公務員などの安定路線のキャリアを選択するだろう。逆に失敗するリスクが高くても起業して、大成功に賭けたいという人もいるかもしれない。
みなさんの中で「自分は少しの損でも耐えられない」という方がいたとすると、そういう人は投資に向いていない。余ったお金は銀行に預けておくしかないだろう。自分が許容できるリスクの程度によって投資戦略は大きく変わってくる。
資産運用の戦略は、自分の生き様を反映したものになるべきだ。「命に次に大事なカネをどう運用していくべきか?」という問いを発する前に、「自分はどういう人生を歩んでいきたいのか?」という問いに答えないとならない。安定志向なのか、それなりに波乱万丈であるほうが良いのか……など。自分がどういう人間であるかを理解すること。それが投資の第一歩である。
「日本人は資産運用が下手だ」という見方をする人が多い。確かに「何をどう運用すべきなのかわからない」という人が大半のようだ。
これは、なぜだろうといろいろと考えてみたのだが、結局のところ「日本人は自らのキャリアや生活について深く考えていないからかではないか」という結論に達した。自分がどういう人生を送りたいかについて深く考えたことがない人が、投資戦略を決められるはずがない。まず自分という人間について良く知ることが不可欠だ。
資産運用は果物の木を植えるようなもの
資産運用は、果物の木を植えるようなものだ。実がなるまでに何年もかかるが、うまく育てていければ、果実が実っていって価値が増えていく。新しい実から種からでき、それから新しい樹木が生えていくことで、さらに増えていく。
もちろん、うまくいくことばかりではない。天候の不順や水やりの失敗や害虫・害獣などでうまく育てられない場合も当然あり得る。そうすると果物が十分ならず、最悪の場合には途中で樹木が枯れてしまうかもしれない。
運用も同じだ。上手に資産を増やしていくことができれば成功。そうでなければ失敗となる。時に株価の暴落のような大きな危険がやってくることがあるが、それを如何に凌げるかが決定的に重要になる。一方で順調な環境では着実に増やしていけないとならない。それが投資の基本となる(じつは運用を果実の栽培に例えたのには、もう一つ重要な理由があるのだが、それは追ってご説明していこう)。
では、ここで実際に投資で大成功した人の例をみておこう。取り上げるのは世界で最も有名な投資家である、現在92歳のウォーレン・バフェット氏である。彼こそが世界一の“スゴ腕投資家”であり、投資家としてやるべきことを長い年月ずうっと続けてきた人なのである。
バフェット氏は純資産額1162億ドル(16.3兆円)(フォーブスのデータによる)を誇る。世界トップの億万長者の一人である。
億万長者には二種類ある。一つは自分の会社の株価が上がることで富をつくった人たち。これにはイーロン・マスク氏(米テスラ創業者)やジェフ・ベソス氏(米アマゾン創業者)などが含まれる。
もう一つは、さまざまな企業などに投資することによって資産を増やしてきた投資家である。その代表選手がウォーレン・バフェット氏である。
ちなみに、何かに特に秀でているわけでもない一般人が大金持ちになるためには、起業家になるか投資家になるかしかない。もしもあなたが起業しないのならば、投資家になるのが唯一の道だ。
サラリーマンのままでは何百年かけても大金持ちになれない。逆に言うと、サラリーマンではとても得られないような金額を手にできる可能性が生まれる、というのが運用の一つの魅力である。
お手本になるべき人 ウォーレン・バフェット氏!
バフェット氏の純資産の推移をみると、19歳で1万ドル(140万円)、30歳で100万ドル(1億400万円)と、若い時はそれほどではなかった。しかし、52歳で3億7600万ドル、59歳で38億ドル、72歳で360億ドル……というふうに、時間をかけて加速度的に増やしてきた。何十年も続けて“運が良い”などということはあり得ないので、彼が賢い運用を長年続けることで増やしてきたことは明らかだ。
もちろん、バフェット氏が数十年間ずうっと順風満帆であったわけではない。長い人生のあいだには大きく純資産を減らしたことも何度もある。しかし、彼はそういう危機をむしろ糧にして成長してきた。お手本になるべき人である。
みなさんが少しでも投資についての理解を増やし、将来のキャッシュを増やしていけるよう、微力ながらこれからも書いていきます。次回以降は、いよいよ具体的な投資の手法についての議論をしていきますので、どうぞご期待のほど。 (小田切尚登)
ワンポイント用語解説
純資産(じゅんしさん)
投資家の富の大きさの評価をするときは「純資産」という用語を使う。重要な言葉なので、ぜひ憶えていただきたい。これは「資産」とは違う。「資産」とは人が所有する財産(現金や預金、株式や不動産等々)の総額をいう。
一方で「純資産」というのは、「資産」から負債(すなわち借金)を引いた数字である。実質的な財産を表す。
純資産 = 資産 ー 負債
例えば、不動産の「資産」が総額で10億円ありますよ、と自慢している人がいたとしよう。しかし、その人が9億円借金していたら、「資産」は10億円でも「純資産」は1億円しかない、ということになる。
特に不動産投資の場合は多額の借金をして購入しているケースが多いので、「資産」は多くても「純資産」が非常に小さいということがままある。場合によっては借金が資産価値よりも大きくて「純資産」は実質的にマイナスという場合も少なくない。不動産の場合は「純資産」ではなく「資産」を使って数字を良く見せようとする人が多いので、注意が必要だ。
プロフィール
小田切 尚登(おだぎり・なおと)
明治大学グローバル経営大学院ビジネス研究科兼任講師(金融論)、音楽家
東京大学法学部卒。バンク・オブ・アメリカ、バークレイズ、BNPパリバなどの大手外資系金融機関でアナリスト、資金運用部門などで勤務。その後、経済アナリストとして独立。経済誌・新聞などで数多く寄稿しているほか、経済専門テレビ(米国)のCNBCとブルームバーグに出演した。現在、パシフィック・テック・ブリッジのシニア・アドバイザー、ハーン銀行(モンゴル)独立取締役。音楽スペースのシンフォニー・サロン(東京・門前仲町)を主宰。
1957年生まれ、東京都出身。