【第3回】「家を買うから、お金を投資にまわせない」というアナタ! ちょっと待って!!

経営大学院の授業で若い学生に投資について話していると、こう言われることがある。
「投資の重要性はわかりました。でも我々の世代は自宅を購入することを優先しないとならないので、株などに資金をまわすのは難しいのです。」
折しも2023年1月から6月の東京23区新築マンションの平均価格が1億円を突破したと報じられた。住宅がどんどん庶民から手が届かなくなっているように見える。少しでも早く住宅を手に入れないと、一生持ち家に住めないのではないか?余剰資金は住宅購入にまわすべきではないか?
こういう考えが生まれることも良くわかる。しかし、ちょっと待っていただきたい。

「家を買う」ことは投資ではない

住宅を買うとバラ色の将来がやってくる、などということはない。むしろ住宅ローンの重みで大変な状況になっている人は少なくない。さまざまなリスクを理解し、そのうえで決断をする必要がある。
そこで、今回は住宅購入と投資の関係について説明していくことにしよう。
まず言っておかねばならないのは、住宅の購入は「投資」ではないということ。投資というのは収益を生む資産を買って、将来その価値が増えていくことを期待する行為である。
家を買うにしても、それを賃貸に出して家賃収入を得ていく目的であればれっきとした投資だ。しかし、自宅は自動車とかパソコンとかと同じで、耐久消費財である。自分が使う(住む)ために買うということだけしかない。自分が住むのだから収益はゼロだ。
自分が使い終わった後に高く売れたらラッキーだが、それはどんな商品にも言えることだ。自宅は自分が長年住むためなのだから、まずは住みたい家に住むというのが基本だ。「自分はまったく気にいらない家だけど、高い値段で売るために我慢して30年間住んできました」などというのは本末転倒も甚だしい。そもそも、将来値段が上がるかどうかなどということは誰にもわからないのだから……。

そこで、住宅購入には良いところも悪いところもあることを確認しておこう。まずは住宅を購入することが、有利な点をまとめてみる。

住宅であれば、借金して買える

みなさんのような素人が高いものを購入する時に、多額のカネを貸してくれるところはまずない。自分が蓄えていった資金の範囲内でやりくりしていくしかない。しかし、住宅であれば、借金して購入できる。信用力に問題がなければ、数百万円とか数千万円といった金額を銀行などから長期に借り入れて買うことができる。
そして今は金利が非常に低いのも、特筆すべきところだ。固定金利で年利1%とか2%とかで借りられるのだからラッキーだ。私は住宅ローンの金利が年8%以上だった時代(1990年頃)を知っているが、それからすると今は夢のような時代だ。

ちなみに自宅でなくとも、一般に不動産を買う場合は、不動産の担保価値に応じて金融機関がカネを貸してくれる。不動産投資の人気が高い大きな理由はここにある。

このあたりは次回以降に説明していくつもりだ。

知らず知らずのうちに資産が形成される

一たん住宅を購入したら覚悟を決めて保有・居住していく必要がある。後で説明するが、住宅はおいそれとは売れないのだ。
そのため、おのずと長期投資となる。もしも自分が住んでいる家の価値が上がっていけばこんなにうれしいことはない。今の東京のようにマンションの価格が上がっている状況では、ほくほく顔のマンション所有者が街にあふれることになる。すると、早く買わないと……と多くの人が思うようになり、価格はさらに上がっていく。住宅を持っている人の思うつぼである。

税金や補助金などで有利

日本では、自宅を持つことが奨励されているので、住宅ローンをして住宅を購入する人にはさまざまな特典が与えられる。税金の面では、住宅ローン控除が大きい。最大でローン残高の0.7%が13年間控除されるという非常に有利な制度だ。
将来的に自宅を売却した時の売却益にかかる税金も(さまざまな条件があるが)、3000万円の特別控除等があり低く抑えられる。相続税に関しても優遇がある。
補助金や税金の控除をもらうために住宅を買おう、と思う人は少ないかもしれないが、一つの判断材料ではある。

住宅ローンの問題点

さて、住宅ローンを借りて家を買うメリットは十分わかったところで、今度は住宅ローンの問題点を考えてみよう。

リスクの集中

借金をして投資をすることをレバレッジ投資という。手元資金の何倍、何十倍もの金額を借金して住宅を購入する住宅ローンはその典型である。
仮に自己資金300万円と銀行借り入れの2700万円で3000万円の家を買ったとしよう。これを「手持ちの金額の十倍もの価値のある家のオーナーになれた、素晴らしい!!」などとばかり考えるのは楽観的過ぎる。物事には良い面もあれば悪い面もあるのだ。

投資の大原則の一つは「リスクを分散させる」ことだ。例えば30個の卵を同じバスケットに入れて一度に運ぶのはやめなさい、ということ。落としてしまったら30個すべて割れてしまうからだ。しかし卵を6個ずつ5回に分けて運べば、運悪くバスケットを一回落とすことがあっても、割れる数は6個となりダメージは少なくて済む。だから、分散させるべき。こういう言う話だ。
ところが、借金して住宅を買う場合はこれとは逆で、リスクを「集中」させている。「他人から数倍の数の卵を借りて自分の卵と一緒に運ぶ」というようなことに近い。危険性が俄然増えるのだ。仮に住宅価格が当初の3000万円から2700万円まで1割(300万円)下がったとする。そうすると、たった1割の下落のために頭金(現金)300万円が全額吹っ飛んだことになる。借りた2700万円は返さないとならないので、自分が出した300万円がパーになったと言える。
もちろん、今2700万円で家を売るのでなければ、この300万円が現時点での損として確定するわけではない。価格が上がっていけば逆に利益にもなる。しかし自宅の市場価値が上下することで、自分の財産がそれ以上に大きく揺れ動くという事実は認識しておく必要がある。

長期の住宅ローンを借りると金利負担が重い

住宅ローンは借入期間が数十年に及ぶので、金利負担が重くなる。今は低金利なので表面的な金利のパーセンテージ自体は大したことはないが、20年とか30年という長期のローンになると、金利負担は相当なものになる。金利が複利で計算されるためだ。金利が金利を生んで借金が雪だるま式に増えていくということだ。
3000万円の住宅ローンを35年間で、年利2%(固定)で借りたとする。元利均等で毎月返済すると、返済総額は4173万円となる。元本3000万円に加えて1173万円の金利分を支払わないとならないということだ。借りた金額のほぼ4割増しの金額である。
金利2%だからまだ良いわけで、これが4%だったら返済総額は5579万円となる。元本の2倍近く返さないとならないということだ。仮に6%だと何と7185万円になってしまう。
今は変動金利が1%未満といった非常に低い水準にあるので、固定金利よりも変動金利で借りたほうが有利だと感じられるかもしれない。しかし、変動金利の住宅ローンのほうが良いとは一概には言えない。現在、固定金利のほうが変動金利より高いのは、将来的に(変動)金利が上昇すると市場が予想しているためだ。
20年後30年後にどんな金利水準になっているかは神のみぞ知る話だ。「変動金利で借りたら10年後に年利10%になってしまった、どうしよう!!!」などという悲劇に見舞われないようにしないとならない。

固定金利と変動金利のどちらが得か、という問いについては「市場で決まっていることなのでどちらとも言えない」というしかない。しかし長期的な投資において重要なことの一つは「不確定要素をできるだけ減らすべき」ということだ。その観点からすると、固定金利が低い時に固定ローンを借りておくのは悪くない選択であろう。
ちなみに、アメリカの住宅ローンの金利(30年モーゲージ・レート)は2021年1月に2.65%だったのが、2年後の2023年12月には7.79%にまで上がってきた。日本でも同様に金利が大きく上がっていく可能性はもちろんある。それを想定しておく必要がある。

さまざまな出費が多い

住宅を買うと金利以外にもさまざまな経費がかかってくるということを知っておく必要がある。まず、住宅購入時には印紙税や住宅登録税などの税金、司法書士への報酬、融資事務手数料、ローン保証料あるいは物件調査手数料、仲介手数料……等々がかかる。引っ越しの費用も必要だ。
そして家を保有しているあいだ、固定資産税と火災保険料をずっと払い続けないとならない。地震保険も必要かもしれない。
それだけでもかなりの負担だが、見落とされがちなのが、家の管理や修繕のためにかかる費用である。日本人は買うカネのことは心配しても、維持管理のための出費をあまり考えない傾向がある。
マンションを買う(区分所有する)場合は、管理費・修繕積立金を月々支払うことになる。そういう支払は安いほうが一見良さそうに見えるが、将来のためのカネが十分に貯まらなかったら大変だ。古いマンションだと「修繕にカネが足りなくなったので追加で払わされた」という話を聞くこともある。
一軒家の場合は当然ながら修繕などの費用はすべて自分持ちだ。新築であれば当初の十年とか十五年はあまり問題が起きないのが普通だが、それ以降は建物が古くなるのでガタがくる。各種設備も古くなると買い替えを迫られる。快適な生活を長く続けていくためには結構な出費を強いられるということは知っておく必要がある。

家を売るのも大変だ!

価格の下落リスク

我々は住宅を買うと、その価値が将来上がっていくと想定しがちだ。しかし値段は上がることも下がることもある。私は1990年代にバブル経済が崩壊したとき、住宅価格が半分以下になって泣いていた人をたくさん見てきた。今後それと同様なことが起きないという保証はどこにもない。
その場合でもローンの返済はしなければならない。当然だ。そんな時に、リストラされて収入が途絶えたらどうなるだろうか? 自宅を売っても借金は返済しきれない。他に資金源が無ければアウトだ。自己破産への道がひたひたと迫る……。
まあ、そこまで極端な事はそうそう起きないかもしれない。しかしこのところ東京を中心に新築の高層マンションの価格が大きく上昇している。「高値づかみ」をした人たちが、ゆくゆく価格の下落に泣かされる日がくるかもしれない。
もう一つ大事なことは、日本人は新築が好き(中古が嫌い)なので、新築の住宅の価値は下がる傾向にあるということ。そうでなくても少子化、経済の停滞、金利の上昇といったネガティブな話題には事欠かない。住宅価格が今後大きく下がっていく可能性を想定しておく必要がある。

売るためのハードルが高い

株や債券は売買が容易だ。クリック一つで取引が完了できる。そのため、細かくいろんな銘柄を売買したり、売買するタイミングをずらしたり、大きく価格が上がったらある程度売る、というような柔軟性をもって対処できる。
しかし、家を売るのは大変だ。一たん買ってしまったら最後、何十年後かに借金を返し終えるまで何の対応策も打てない。仮に自宅の評価額が上昇したとしても、家の売買は自分のライフサイクルとの兼ね合いがあるので「さあ自宅の値段が上がったから明日売ろう!」などということは不可能だ。

具体的には、以下のような問題がある。

(1)自宅を売る時は、当然ながら次に住む家を手当てしておかないとならない。
(2)売買は面倒である。それなりにリフォームする必要も出るかもしれない。そして売却価格を決めて、買い手を見つけないといけない。
(3)契約書を取り交わすのは面倒だ。そして不動産仲介手数料、司法書士報酬、印紙税などがかかる。
(4)家を売って儲かったら売却益にかかる税金を心配しないとならない。逆に損をしたら大変だ。

「非常に安い時に住宅が購入でき、その後に大きく値段が上がった。ちょうどピークの時に引っ越しすることになったので最大限高い価格で売ることができた」……などというふうにウマくいく人などほとんどいない。それに自分の家の価格が上がったとすると、周辺の他の家の価格も同様に上がっていると想定されるので、買い換えても大して儲からないケースが多い。
高い値段で売り抜けるのが、じつは一番難しいことかもしれない。私の知人を見回しても「今マンションを売ったら億ですよ、ガハハ!」などと自慢げに言いながら、しかし住み続けているという人が大半だ。

では、いつ売るのかというと「売らなければならない事態になったので(値段にかかわらず)売りました」というケースが多い。株を高値で売るのも容易ではないが、家を高く売るのはもっと難しい。

なぜ、自宅より株のほうが良いのか?

ということで、私としては住宅ローンは勧められないが、それでも住宅を買うのはあきらめたくないという人のために、どういう属性を持っていれば、家を買っても何とかなるのか、についてまとめておこう。

資金的に余裕がある人

ここまで述べてきたように、住宅ローンを借りて家を買うのにはさまざまなリスクがある。そして住宅ローンを毎月返済しないとならないので、他に資金を回せるカネが減る。そのため実家が太かったり収入が高かったりする人、あるいは手元資金に余裕がある人ならトライしても大過なく過ごせると思う。そういう人はリスクへの耐性が高く、余剰資金があるので、できるだけローンの返済を前倒しで終わらせるようにすべきだろう。

自分で考えて行動するのが苦手である人

投資についていろいろと悩みたくない、あるいは、手元にカネがあったら使ってしまいそうだ、というような人の場合は、毎月きっちり返済を迫られる住宅ローンが心理的安心感を与えてくれるかもしれない。人と違うことをする勇気がなく、赤信号を皆で渡りたいタイプの人というのもこれに該当しそうだ。

年齢がそれなりに高い人

働き始めて間がない頃は資金に余裕がなく、今後の人生計画も立てにくいので、20代で住宅を買うのは勧められない。しかし将来のライフサイクルがそれなりに読めてくる30代になると「住宅を買う」という選択肢が視野に入ってくる。
日本では自宅を持つことが、実質的に人の信用力を測るバロメーターの一つになっている。そのため世間体が気になる人にとっては、住宅の購入は重要なことかもしれない。私はそのために家を買うということには反対だが、その人がそう感じているのならば仕方ない。
ただし、それなりの収入と地位がついてきた人が、カネの問題ではなく、自分が住みたい家に住むために住宅を買いたい、投資よりもそれが重要だ、というのであれば問題はない。

 

まとめ:なぜ、自宅より株のほうが良いのか?

株価と不動産価格は大雑把に言えば似たような動きをする。企業の業績が改善し、景気が良くなれば株価が上がり、それにともなって不動産価格も上がるからだ。逆にいうと市場環境が悪くなれば株も不動産も両方とも大きく下落するリスクがある。
だったらどちらでも同じことではないか、と思うかもしれない。しかし、同じ長期的な運用であっても自宅を買うのと株を買うのを比べたら、明らかに株のほうが有利だ。それは、自宅から得られる利益は売却益しかないが、株式投資は複利で増えていくからだ。
例えば、毎年10万円を投資したら、30年後に合計で3600万円(= 10万円×12×30)を投入することになるが、これを年4%で運用できれば、30年後に6940.5万円に増える。投入した金額の2倍近くに増えるということだ。
30年とか40年とかの超長期の運用の計画を立てられるのは若いうちだけだ。若くて前向きで行動力があり計画を実行できる意志のある人は株式などの投資をしていくべきだと思う。もちろん株式投資にもいろんなリスクや問題点がある。しかし、自己資金の何倍、何十倍の借金をして、その返済のために何十年も縛られる住宅購入に比べればマシではないか。

自宅を買うというのは高額消費の一形態に過ぎない。大きな買い物をして一時的な満足感は得られるかもしれないが、その後は何十年間ものあいだ、借金のカタに何十年もかけて毎月返済していかないとならない。家にそして住宅ローンに長年にわたって束縛されるわけで、言い方が悪いかもしれないが、住宅ローンの奴隷になるようなものだ。
そういう人生を望んでいる人もいるかもしれないが、身軽で自由でいたいという前向きな人は他の人生も考えてみたらどうだろうか――。

(小田切尚登)

プロフィール

小田切尚登

明治大学グローバル経営大学院ビジネス研究科兼任講師(金融論)、音楽家

東京大学法学部卒。バンク・オブ・アメリカ、バークレイズ、BNPパリバなどの大手外資系金融機関でアナリスト、資金運用部門などで勤務。その後、経済アナリストとして独立。経済誌・新聞などで数多く寄稿しているほか、経済専門テレビ(米国)のCNBCとブルームバーグに出演した。現在、パシフィック・テック・ブリッジのシニア・アドバイザー、ハーン銀行(モンゴル)独立取締役。音楽スペースのシンフォニー・サロン(東京・門前仲町)を主宰。

1957年生まれ、東京都出身。

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