【第9話】株式の希薄化から、財務戦略を探る ススム先生の「タイパ決算書分析」塾
カブオ君、マナミさん、「タイパ決算書分析」塾9回目です。極洋に戻りましょう。
2024年2月13日に、「新株式発行及び株式の売出しに関するお知らせ」がホームページに出ていましたね。見ましたか?
はい。この塾のため、IRを見ることを習慣にしています。9ページもあったので長かったです。
「100万株を新規に発行し、売り出しに伴う第三者割当増資分と合わせて約43億円を調達する」(日本経済新聞 2月14日付)という記事が、わかりやすいですね。第一印象はどうでしたか?
目次
ススム先生が驚く! 63年ぶりの公募増資 その目的は?
100万株を新規に発行するということは株数が増える。したがって、1株当たり利益や純資産が薄まるので株価は下がると思います。
勉強しましたね。「株式の希薄化」という現象ですね。1株当たり利益=EPSは「当期純利益÷発行済株式数」で算出されるので、分母が増えるとEPSが低下するということですね。
私は資金調達の目的が「海外での加工食品事業拡大にあたり金融機関から調達した借入金返済に充当」という点が気になりました。増資のIRを見て、約43億円を資金調達して事業強化をするのが前向きな増資だと思ったので、借入金返済というのは地味だなぁ、という気がして……。前向きな増資なら、会社が成長して利益や純資産も増えるのに、と感じました。
なるほど。私は「公募増資が1961年以来」というのに驚きました。約63年ぶりなんですね。
どうして驚くのですか? 公募増資する必要がなかっただけじゃないのですか?
極洋が上場している目的について考えたのです。上場の目的は各社が経営判断するべきことで、対外信用力の向上や優秀な人材の確保、オーナー一族による株式の換金化などという目的もあるかもしれません。
しかし、重要な目的の一つとして市場からの資金調達があると思うのです。上場して成長しつつ、さらなる成長のために増資によって資金を調達。ますます成長して、株主には配当などで還元する、ということです。その点でちょっとびっくりしたのです。
資金使途は「借入金返済」 そのワケは……
今回の公募増資、先生はどう評価しますか?
マナミさんはややネガティブに評価していましたが、私は「借入金返済に充当」という資金使途もアリだと思いましたよ。3月19日、日本銀行が金融政策決定会合でマイナス金利政策の解除を決めたのは知っていますよね。
はい。金利のある世界の再来ですね。
金利上昇が損益に影響することは理解できますね。上昇ペースは緩いかもしれませんが、金利上昇に備えたという点は評価できます。さらにIRで「海外子会社による設備投資を目的に行った当該海外子会社への投融資等のために当社が取引金融機関から調達した借入金の返済資金に充当」と明記しています。投融資によって成果を得るまでに一定の期間が必要な場合、その裏付けとなる資金は長期資金や自己資金が望ましいですから、公募増資、つまり返済する必要がない資金に振り替えたという動機も悪くないと思います。長期資金のメドとなる10年物金利は上がっていますから。
なるほど。ざっくりですが43億円の損益効果は1%の調達金利であれば4300万円、今後金利が上昇して2%となれば8600万円ですね。全体の借入金からすれば小さいですが、それでも2024年3月期の経常利益予想は84億円ですから効果は大きいですね。
貸借対照表は、負債の部が43億円減って純資産の部が43億円増えると考えると、2023年9月末の資産合計が約1,551億円、純資産が約504億円、自己資本比率が約32.4%ですが、他の科目に全く変動がないものと仮定すると、増資によって純資産が547億円程度になるので約35.2%になり安全性が高まると感じます。加えて有利子負債返済による損益効果もあります。
問題はカブオ君が指摘した「株式の希薄化」との兼ね合いですね。極洋の投資家がこの財務戦略について「中長期で会社の成長のために有意義だ」と考えるのか、それとも増資による希薄化を非難するのか、です。
ちなみに、発行済株式数は約1,093万株でしたから100万株増えると約1,193万株となります。約9%強の希薄化です。
9%は大きいなあ。
株価を見ましょう。発表日(2月13日)の終値が4,060円。市場が閉じた後に発表があって、翌日の始値は3,650円、終値が3,550円、株価は約12%下がっています。出来高は約1,266千株で前日が約26千株ですから48倍! 驚きだったんですね。
その後はだいたい3,500円台で、2月26日に発行・売出価格が3,380円と決まりました。払込日は3月1日でした。その後は好調な全体相場もあってか上昇して、3月22日の終値は3,845円です。発表前4,060円に比較して5.2%の下落ですが、希薄化分は上回っています。
それは投資家が希薄分以上に評価しているということでしょうか?
相場全体の上昇もありましたから、そう結論付けるには早い気がしますね。物事には常に賛否両論があります。今後会社から出てくる決算短信、決算予想、中期計画などの内容を注目したいですね。特に注視したいのがROEです。おぼえていますか?
えっと、自己資本利益率! 「当期純利益÷自己資本×100」です。
そのとおり。今後の成長戦略を注視しましょう。
私たちも成長しなくては……。
自分は、極洋みたいに歴史ある会社の株を買ったら放置で楽だな、配当と優待をもらえればOK! と思っていました。でも、会社って変化すると言うか、いろんな動きがあって追いかけなくちゃいけないのですね。
推し活だわ。
そのとおり! 会社は生き物なんです! !
次回も掘り下げていきましょう。
はいっ!
プロフィール
井上 享(いのうえ・すすむ) 日本公認不正検査士協会認定 公認不正検査士(CFE) 1982年に慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、大阪銀行(現:関西みらい銀行)に入行。退行後、会計知識、法律知識、犯罪心理学、調査手法の4つの分野の試験に合格し、かつ米国公認不正検査士協会の認定よって与えられる公認不正検査士(CFE)の資格を取得。金融関係の不正行為・不祥事を防ぐべく、活動している。 主な著書に「銀行不祥事の落とし穴 第1巻、第2巻」、「中小企業融資自己査定Q&A」、「説明義務・勧誘ルールと苦情対応事例集」(いずれも、銀行研修社)。現在、月刊銀行実務(銀行研修社刊)に「金融不祥事 転落の死角」、金融経済新聞に「STOP! 不祥事!」を連載中。 ドラマ「幸せになる3つの買い物」監修、映画「シャイロックの子供たち」銀行監修。 兵庫県神戸市出身。