【第4回】「個別の会社の株を狙うのは間違い」という話

金融の専門家であるということが知られてくると、いろんな質問を受けることがある。なかでも多いのが「どの株を買ったらよいですか?」という問いだ。

この問いは投資についての理解が浅い人が発する典型的なもの個別の株を選ぶことは投資とは似て非なる話であり、そういうところにこだわっている限り、長期的に大きく増やしていくことは望めない。それを知るのは、投資の基本の一つともいえる重要なことだ。

しかしそれらの点をはっきり理解している人は少ない。そこで今回は、「なぜ、特定の株を選ぶことがダメなのかという点について深堀してみたい。

 

米国株の上昇に寄与したのは銘柄全体の「2割」という現実

大前提として、上がる株を前もって知ることなどできないということがある。「この株が必ず上がります」などという専門家(?!)の言うことを聞いてはいけない。もし、証券会社がそんな適当なことを客に言ったら法令違反となる。

「将来のことがわかる」などという話は、おまじないと同じだ。上がる株が前もってわかるのならば人に教える前に自分で買っている(笑)

上場株式というのは、世界中のでも売買できるオークションに出店しているようなものである。その価格動向は世界中の人が見ているわけで、もしも明らかに割安な株があったのなら必ず誰かが買うはずだ。

一般のみなさんが、ああでもないこうでもないと思考を巡らせても、そんなことはその業界や会社をよく知っている人は重々承知している。というか、どんな専門家であっても、その企業のインサイダー(内部関係者)であっても、将来の株価はわからない。

株価の源泉は企業の収益力であるが、将来の収益力を正確に予測することなどその会社の社長にもできない。まして、株価にはその企業の業績だけでなく、業界の動向やマクロ経済、地政学……と、ありとあらゆる要素反映している。株価には世界経済の複雑性が凝縮されているわけで、その予測は素人の投資家の手に負える代物ではない。

 

これらの説明で十分だと思うのだが、これでも納得できない人たちのために、米国のデータに基づく分析を紹介しておきたい。

私の手元にアメリカの株式を統計的に調べた興味深いデータがある。これは1989年から2015年までに、アメリカのすべての上場株がどれくらい上下したかを調べたものだ(Longboard Fundsのデータによる)。これによると、全体の80%にあたる11,513銘柄は、この期間の上昇率がマイナスであった。プラスのリターンを得たのは残りの20%の株式(2,942銘柄)だけ。つまり8割の株は下がったか、あるいはまったく上がらなかったということだ。

この間にアメリカの株式相場全体は大きく上がっていた代表的な株式指数であるS&P500をみると、1989年に275.31ドルだったのが、2015年には2,043.94ドルと、じつに7倍超も上昇した。素晴らしい結果であったわけだが、しかし、これに貢献したのは全体の2割の銘柄に過ぎなかったということだ。

 

継続的に株価を上げていける会社は例外的な存在

上がる株と下がる(上がらない)株の割合が五分五分であれば、まだ賭けてみる価値があるかもしれない。しかし、8割は負けるであろう賭けをするのはやめたほうがよい。アメリカのように全体が大きく上がっている市場でさえこうなのだから、日本の株式市場では勝ち組の割合はもっと低いだろう。

これは少し考えてみれば当然の話だ。星の数ある企業の中で上場にまで漕ぎつけられる会社はほんの一部である。そして、上場以降も株価を上げていける会社はさらにその中のひと握りしかいない。資本主義というのは日々競争だ。その中で継続的に株価を上げていける会社というのは例外的な存在なのだ。

これ例えていえば、高校球児の中で図抜けた選手のみがプロ野球に入れる、というのと似ている。仮にうまくプロの世界に入ったとしても、その中のまたごく一部の人しか華やかなスター選手にはなれない。

高校時代の大谷翔平選手(MLB ロサンゼルス・ドジャース)に低い評価をつけていたプロ野球のスカウトのことが批判されている記事を読んだが、今季のパフォーマンスでさえ、誰にも読めないのに、何年も先のことが正確に予測できる人などいるわけがない。

 

もう一つ重要なポイントは、株価が上がっていくタイミングを見極めるのは、非常に難しいということ。会社は“生き物なので状況が良いときもあれば悪い時もある。株価が上がるときというのは、会社の将来像について投資家たちが前向きに感じられるときだ。我々はそういうタイミングにうまく乗っていかないとならない。

アメリカの株式市場では俗に「荒野の七人」と呼ばれるハイテク企業7社が圧倒的な存在感を示している。アップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、エヌビディア、メタ(旧フェイスブック)、テスラである。これら7社はアメリカの企業を代表する株式指数であり、アメリカを代表する株価指数であるS&P500の3割近くを占める。近年の株式市場をけん引してきた存在であり、米国株で儲けた人の多くはこれらの株で儲けたと言ってよいだろう。

しかし、これらの株価が今までずうっと順調に上がってきたのかというと、そんなことはまったくない。

 

米国株をけん引してきたメタやテスラの株価でも下がる

例えば、メタ社の株価は以下のように動いてきた。

2021年8月30日  384ドル

2022年10月30日 88ドル

2024年5月22日  464ドル

 

テスラ社株価はこんな感じである。

2021年11月1日  407ドル

2023年1月3日   113ドル

2024年5月22日  186ドル

 

彼らのような世界の株式のスーパースターでも、下がるときは下がる、ということだ。2021年8月にメタ社の株を買った人は、それから年以上続けて下がる相場に直面した。テスラを2021年11月1日に買ってそのまま持ち続けている人は現在、半分以下の株価になってしまっている。

もちろん上場来あるいは10、20年といった長い目で遡れば、これらの7社の株価が大きく上昇してきたことは確かだ。これらを非常に安い時に買って、それをずっと持ち続けてきた人は大いに儲けたことだろう。

 

前述で、たった2割の株式が市場全体の上昇を支えているという説明をしたが、これら7社はその中でも最右翼の銘柄である。これらの株を外して米国の、いや世界の株式市場で戦うことはできない。

しかし、「今」買うべき銘柄を選択するためには、優良企業を選ぶだけでは足りず、売買のタイミングを正しく判断することが必要となる。どんな優良企業でもその時の市場の思惑や環境によって下がっていく局面があるからだ。

仮に優良株の中でこれから上がっていく局面にある株と下がっていく株が五分五分に存在していると仮定すると、2割のそのまた半分すなわち全体の1割しか買うべき株はないということになる。

つまり、これから上がる株を探そうというのは、十に一つだけ当たりの入っているくじを引くような話となる。確率的には競馬と似たレベルである。株式投資というよりもギャンブルだととらえるべき話だといえるだろう。

では、個別の株を選ぶのをやめたとして、我々はどうすれば良いのか?

その答えにあたる部分は、現在ちょうど経営大学院の講義で話しているところだ。その内容を何回かに分けて、次回以降書いていこうと思う。どうぞご期待ください!

(小田切尚登)

プロフィール

小田切尚登

明治大学グローバル経営大学院ビジネス研究科兼任講師(金融論)、音楽家

東京大学法学部卒。バンク・オブ・アメリカ、バークレイズ、BNPパリバなどの大手外資系金融機関でアナリスト、資金運用部門などで勤務。その後、経済アナリストとして独立。経済誌・新聞などで数多く寄稿しているほか、経済専門テレビ(米国)のCNBCとブルームバーグに出演した。現在、パシフィック・テック・ブリッジのシニア・アドバイザー、ハーン銀行(モンゴル)独立取締役。音楽スペースのシンフォニー・サロン(東京・門前仲町)を主宰。1957年生まれ、東京都出身。

 

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